2018-11-04
ルーベンス展「王の画家にして画家の王」
私「はロ!?」(略すな)
日本国現報善悪霊異記(日本霊異記)に法華経を唱える僧の舌が髑髏になっても残って法華経を唱え続けていたっていう話があって私はそれがすごく好きなんです(下巻一「憶持法華經者舌著曝髑髏中不朽縁」)。これによるとつまり信仰によると人間の体は腐らないらしいんですよね。ハァ~……。
思う力が本当に強くて、思うことが現実に干渉するという事象にものすごく弱くて。以前にも「讃岐国多度郡五位聞法即出家語」が本当に好きだってことを何回か言っているんですけどあれは信じた者が声として答えてくれるという事実が本当に美しいんです。信じれば力になる(いや現実は知らんけど)、オタクの原動力ですよこれは。存在しないものへの信心が存在していると認められた時に無上の喜びがある。
妖怪・妖の類って残念ながら私はまったく存在を信じていないので、恐らくあれは人間が生み出した創作生物なんですよ。神様はいるかもしれませんが妖怪ってだって人間の生活に密着しすぎてるじゃん……そんな都合のいい生物がいてたまるかよ。神様は人間に依らないかも知らないけれど妖怪は人間に依っている。ところで付喪神って神様なんですかね、妖怪なんですかね。刀に関わらず付喪神って聞いた時に私が純粋な神様だとは思えない理由に結局彼らは人間の作り出したものに宿るものだから人間なしではいられないからなんですよね。神様なら人間がいなくてもいてほしいよ~~~いや~~そういうわけにはいかないけど~~~。
刀の付喪神はある一面で神様だから人間をバカにしているけれど、同時に人間に依らないと存在しないものだから人間から逃げられない。長谷部含め。
本生譚にも、いろいろな所にも伝わってますけど月にウサギがいることの理由になったっていうお話がありますよね。偉い聖者のために何も用意できなかったウサギが火に飛び込んで自らを食事として捧げるお話です。あれは人間の聖者だから身を捧げたんでしょうか。自己解釈王国なので自己解釈の話をすると長谷部は多分すんなりと「偉いヒト」だからウサギはその身をささげたのだと思ってしまう。彼は外見クリスチャンっぽいですしあんまり仏様とかそこらへんのことを真面目に考えたこと無さそうですよね、どうせ神仏習合してたんだから自分のことだろ~よく考えてくれ。
けれど多分そんなことはないんですよ。ウサギが捧げたのはあれがヒトだからではなく「命にやさしい聖なる生き物」が弱ってたからじゃないんでしょうか(これはすべて私が勝手に考えた論理での話ですよ!?!?!?! すべては虚無)。実際の所世界の中で全ての命は平等で、生きとし生けるすべては人であり人ではなくマジでどっちでもよく、故に決して刀ではない。人間に依ってしか成立せず輪廻を回らず死なず産まざる刀の付喪神はその営みには決して入ってはいけず、故に神は神々しい。
でも手に入れられないものばっかり欲しがるからさ~~~~~! 刀は自分じゃ、変わらないんだよ。変わるときは折れるときだけで後はヒトの手に依らないと真実変わらないものじゃないの!? 長谷部……圧切……もっと燭台切みたいに神様寄りの思考回路をしてくれ、怖すぎる! 前の主の気持ちわからないよ、いくら本人の口からかっこいいからあげたんだよ~みたいなこと言われてもヒトに近づこうとすればするほどそこは地獄でしょ?! 疑心暗鬼へしきり長谷部。燭台切は人の言動と表層しか取れないけど取れないからこそ取られないから強いんだよ。そして人間味がない。ヒェ~~~~!
気持ち悪い話をしてしまったな~~~~~~~~長谷部のこと思い詰めすぎだろ病気か!? 意味不明解釈マジで受け入れられないだろうからよそでしないほうがいいよ。 というかあの……刀の新キャラ、いいですね(ネタバレ配慮)。